訪問レポート 健康経営 元気!つくってますVOL.3

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すかいらーくグループ健康保険組合

ハイリスク社員をそのままにしておかない。
しつこいほどの介入で健康改善まで追跡していきます
データ分析に基づいた保健事業(データヘルス)の展開が、国家戦略のひとつとして明確に位置づけられた現在、社員の健診結果やレセプト(診療報酬明細)データをどのように分析し、どのような方法で社員の健康状態の改善という成果に結びつけていくかは、健康保険組合にとっての大きな課題になっています。
社員の健診データと業種の特性をあわせて分析し、ハイリスク社員への受診を積極的に勧奨、改善状態まで追跡する「ハイリスクアプローチ」を実施している、すかいらーくグループ健康保険組合を訪ね、常務理事の酒匂堅次さんにお話をうかがいました。
生活習慣病リスクの高い社員の多さに着目し
独自のデータ分析システムを作りました
――御社のハイリスクアプローチの実践は、厚生労働省保健局の「データ分析に基づく保健事業事例集」にも掲載されるなど、注目を浴びています。酒匂さんがハイリスクの社員に特に注目し、重症化予防のための取り組みを始められたきっかけを教えてください。
酒匂 すかいらーくグループ健康保険組合の被保険者から、生活習慣病を起因とする死亡例が出たことがきっかけでした。これを問題視し、被保険者の健診データを調べてみたところ、重症入院者や手術を受ける者の数、健診で重症の生活習慣病の数値が出ている者の数が、他産業と比べて多すぎるのではないかと思い、そこから本格的に健診データとレセプトデータの分析を始めました。それが平成20年です。そこで当時の問題点としては、①全体の5.3%の人が医療費の1/2を消費している(重症化予防が必要である)、②40歳以上も以下も関係なくメタボ対象者が同じように存在する、③医療機関の受診が必要と判定された人の60%が未受診である、ということでした。
外食産業という業種の特性も、こうした傾向に大きく関係しています。シフト制勤務者や深夜勤務者が多く生活リズムが不規則になりがちなこと、食事時間帯は繁忙時であるため食事時間がずれ、就寝直前に食事をするなど食生活が乱れがちになること、車通勤者が多く、深夜帰宅中のいねむり防止のため車内飲食習慣が生まれること、接客業特有のストレスがあることなど。これらはすべて、生活習慣病の環境要因にあてはまります。
また、喫煙率が高いことも特筆事項としてあげられます。昨年度でも男性46.2%、女性30.7%の喫煙率は、なんとしても改善していかなければならない問題です。
こうした全体の特性がわかってきたところで、健康保険組合として取り組むべき最重要課題を、「ハイリスク社員に確実に医療機関を受診してもらい、健康状態を改善してもらう」ことを目的とした、ハイリスクアプローチに定めました。
実際のハイリスク社員に対して直接的にアプローチしていくためには、データを迅速かつ正確に抽出できる検索システムが必要になります。そこで、健診データからハイリスクの数値を抽出する際、関連するその他項目の数値もいっしょに見られること、過去の数値からの推移も見られることなど、いろいろな条件をつけながら、独自のプログラムを構築していきました。
さらに、顧問医の指導のもと、健診項目の数値をレベル化して示し、受診の緊急性や発症リスクの高まる疾患が一目でわかるような一覧表を作成、健康診断結果についての通知にもこの基準を導入しました(図1)。
これにより、健康保険組合がハイリスク社員に対して、直接的で具体的な通知をすることができる土台ができました。

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健診結果によって配布物も手紙も個別に対応。
顧問医とのコラボで指導的介入も可能になりました
――先ほど、医療機関の受診が必要な社員の6割が未受診というお話がありましたが、ハイリスク社員の受診率をあげるために、どのようなアプローチをされていますか。
酒匂 まずは健診結果を一人ひとりに送るときに、重症レベル~レベル2までの人には、「健康診断結果に基づいた受診結果報告書」をつけて送り、受診結果を記入して返信してもらうということを行っています。年間1400~1500人ぐらいが該当します。
また、健診データをもとに、BMI30以上の人にはメタボの危険性や改善のための方法を記したパンフレット、逆にBMIが18.5以下のやせ型の人には、やせすぎによっておこる病気の危険性を記したパンフレット、尿たんぱくが続けて出ている人には、腎臓疾患や人工透析のリスクについてのパンフレットというように、その人の状態に合わせた配布物を、健診結果とともに個別にお送りしています。
母体企業の禁煙キャンペーンと並行し、喫煙者には、毎年内容を変えながらパンフレットをお送りします。これまでは喫煙のリスクについて、いろいろな角度からお知らせしてきましたが、今年は逆に、禁煙したらどんなによいことがあるかということをお知らせするパンフレットをお送りする予定です。
やはり、「あなたへ」という形で、直接個人の健康状態にあわせたものをお送りすることが、読んでもらえる一番の方法だと思うのです。それは全社員に一斉に配るよりだいぶ手間のかかる作業ではありますが、そこまでして初めて「受診してみよう」「禁煙してみよう」という動きにつながっていくんですね。
個別対応という点では、さらに一歩踏み込んで、直接電話することもあります。私たちの手元にある健診データとレセプトデータをあわせて分析すると、たとえば貧血でも、ヘモグロビンが正常値から突然下がる場合、その後の受診結果をみると、がんによる内出血をおこしていることが多いというようなリスクのパターンも見えてきます。こうした経験値を蓄積することによって、同じような数値が出てきたときに、顧問医に相談し、「これはすぐに受診したほうがよい」と判断された場合には直接電話して受診をうながし、それによって早期発見につながるケースもあります。
――ハイリスク社員の受診勧奨だけでなく、受診した結果、症状が改善されたかまでを追跡して確認しているとお聞きしました。
酒匂 そうですね。これについては、重症者の後追いフローチャート(図2)を作成し、健康保険組合と企業側が連携して、症状改善までを確認していくようにしています。
 重症者の医療機関受診率を100%にすることを目標に、企業側に受診結果を確認してもらうとともに、健康保険組合のほうも、全員分のレセプトデータをチェックし、それを顧問医にも確認してもらい、受診しているにもかかわらず症状が改善していない人に関しては、なぜよくならないかの分析をして対応を決めています。連続して重症者レベルの数値が出ている人に対しては顧問医による面談をおこなったり、ときには、医療機関の紹介などの相談にのることもあります。

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――企業側との連携によって、ハイリスク社員への介入が可能になっているのですね。
酒匂 そうですね。健康保険組合は、被保険者の健診データとレセプトデータから、「医療機関を受診してください」とお願いする通知を出しますが、強制的に受診勧告をしたりするような立場にはありません。いつ倒れてもおかしくない状態で働いている人がいたとしても、それを健康保険組合から事業主のほうに伝えることも、越権行為になってしまいます。
そこで、企業の人事部にも健康推進担当部署を作り、健康保険組合とともに健診データを共有するほか、毎月人事部会議でハイリスク社員の受診状況を確認してもらっています。そこで、受診していない社員、継続した治療が必要なのに通院していない社員には、会社の人事部のほうから介入的指導をするというようなことも可能になりました。さらに就業規則に、健康状態に応じた就業禁止・制限規定を作るなど、社員の健康管理に一歩踏み込んで積極的に取り組む体制が整備されてきていると思います。
社員が健康になることは、本人にとってよいことなのは当然ですが、企業にとっても人材の確保や作業効率アップにつながり、健康保険組合にとっては医療費の縮小につながる、誰にとっても得になることだという共通意識をもって、今後もコラボヘルスを進めていきたいと思っています。

女性検診の受診率の低さや低出生体重児の増加など
女性の健康課題にも取り組んでいきたいです
――ハイリスクアプローチという面で、酒匂さんが現在気になっている課題、今後取り組んでいきたいと思われている課題はありますか。
酒匂 これまで生活習慣病を中心にしたハイリスクアプローチを行ってきましたが、もうひとつ気になっているのが、女性の健康です。
 うちの健康保険組合では、女性被保険者または男性被保険者の家族(被扶養者)の出産が年間300件くらいありますが、5年ほど前には、そのうち低出生体重児の出産のための医療費が1億円かかった年がありました。低出生体重児となると、その後の育児も大変になりますし、赤ちゃん自身もいろいろなリスクを負ってしまいます。ですからその前の段階、出産前の女性の健康を何とかしたい、ということがひとつあります。
 低出生体重児の増加の原因としては、ダイエットとかタバコ、生活習慣などいろいろな説がありますが、うちの被保険者のデータとして気になるのは、「やせ」と「タバコ」です。 この2点に関しては、すでに個別にお知らせを送って注意喚起していますが、それだけではなかなか改善までいかないところがあります。
 女性検診の受診率の低さも何とかしたい課題です。乳がんや子宮がんの検診率が3割程度しかありません。毎日忙しいし、自覚症状もないし、まだ若いから大丈夫だろうという感覚なのかもしれませんが、気づいたときにはがんは進行してしまっていることが多いですから。
被保険者の女性もそうですが、被保険者の家族(被扶養者)の女性は、がん検診どころか一般の健診も受けていない人がけっこういます。そうなると、これは女性の意識だけの問題でなく、家族である男性に対しても「奥さんが病院に行かない、健診を受けないのはどうなのか」という問題意識をもってもらう必要性も感じています。
 私たち健康保険組合の職員は、さまざまなセミナーや講演で勉強する機会がありますが、そこで得たものを被保険者やその扶養者である家庭の奥さんにまで伝え、実際にがん検診の受診率をあげるところまでもっていくためには、もっといろいろな工夫や仕掛けが必要だと思っています。