日本総研 研究員レビューVOL.3

子どもがいる家庭の働き方・住み方に対して
企業ができる支援について
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株式会社日本総合研究所
リサーチ・コンサルティング部門
人事・組織コンサルティンググループ
シニアマネジャー
太田 壮祐

太田 壮祐 (おおた そうすけ)
早大大学院・先進理工学研究科修了。日本総研では、組織改革(人事理念・人事戦略に基づく人事制度の設計)を中心に経営コンサルティングに携わる。
 私は、主に人事・組織にまつわる企業の課題解決の支援を専門にしている経営コンサルタントである。同時に、3歳の息子を持つ1児の父親であり、妻も総合職として(残業はなかなか難しいが)フルタイムで働いている共働き世帯の一員である。
 上記のような背景を持つため、昨今の「働き方改革ブーム」に対して経営コンサルタントとして感じている・考えていることが多くあり、また、まさに「働き方改革」を積極的に実践しなければいけない「子どもあり共働き世帯の一員」として、日々思うことが多々ある。
 そこで本稿では、「働き方改革」の一環として今後企業が検討すべき、「子どもがいる共働き家庭の働き方・住み方に対して企業ができる支援」について記載したい。
はじめに、「働き方改革」について
「働き方改革 楽しくないのはなぜだろう」。このサイトをご存知だろうか。これは、サイボウズ株式会社が独自に立ち上げている「働き方改革」に関するサイトである。サイボウズは独自に12年間、働き方改革に真摯に取り組んできたという経緯から、昨今の画一的な「『働き方改革』と世間で言われているもの」(例えば、仕事の中身を精査せず、ただ残業時間を減らすことだけに躍起になっている風潮)の進め方に対して大きな疑問を抱いている。Buzz Feed Newsの取材を受けたコーポレートブランディング部の杉山浩史さんの言葉を借りれば、「世の中の働き方改革が、画一的になっているのではないか、と感じていました。イクメン、女性活用、ノー残業……。『右向け右』で同じ方向に向いていますよね。働くこと、働き方改革の本質ってなんだろうか、という事を考えて頂きたかった」ということである。
 まさにその通りである、と私も感じている。「働き方改革」の本質は、従来の、みなが長時間労働で成果を出す働き方から、「生産性高く働き、画一的な長時間労働から脱却すること」を目指したものである。各企業・各個人によって答えは多様であり、みなが活躍するために画一的ではない解決策を探していくことが重要なはずである。
長時間労働が難しくなる子育て期
 1日は24時間である。当たり前だがこれは変えられず、この制約の中で働き、食事をし、家事をし、睡眠を取る。子育て期は、これに加えて「育児」が入ってくる。
 図1は、6歳未満の子どもを持つ家庭の家事・育児関連時間であるが、これによると、夫婦で1日当たり合計、約9時間、2人で平等に分担しても1人当たり4.5時間を家事・育児に費やしていることが分かる。
 また、日本人の1日の平均睡眠時間は約7時間50分(図2)であるため、家事・育児・睡眠で、1日約12.5時間が使われていることになる。1日が24時間だから、共働きの夫婦それぞれに残された時間は、約11.5時間ということになる。
 この残された時間で休息も取りつつ、生産性高く働き、活き活きと活躍することを目指したいわけであるが、実はもう一つ大きな時間の制約がある。それは「通勤時間(解釈によっては労働時間)」である。アットホーム株式会社が2014年に実施した、5年以内(2009年5月以降)に住宅を購入し、首都圏(1都3県)在住で、都内勤務の子持ち既婚(妻と同居)サラリーマンを対象にした通勤時間に関する調査によると、平均の通勤時間は58分となっている。このため、1日当たり往復で約2時間を消費していることになる(図3)。
 そうすると、自分の趣味などに使える時間を全くゼロにしたとしても、1日で労働に費やせる時間は、約9.5時間ということになる。
働き方だけではなく、住み方に対しても企業の支援を
 上記のように、「子どもあり共働き世帯」である従業員は、自分の自由な時間をゼロにしても約9.5時間しか働けないのである。この働き方改革が活況な今、従業員を一律に捉えるのではなく、例えば「子どもあり共働き世帯の従業員」に焦点を当てると、より現実的かつ、具体的・効果的な「働き方改革」の案が浮かんでくると感じている。
 ここでは、生産性(=成果・価値/投入量・労力)の分母になる投入量や労力を減らし、生産性を高めるという観点で2つの案をご紹介したい。
 案1は、「通勤時間の削減のための職住近接に対する支援」である。上記の片道約1時間をせめて半分にすることが目標である。株式会社サイバーエージェントには、「2駅ルール」というものが存在する。「勤務しているオフィスの最寄駅から各線2駅圏内に住んでいる正社員に対し月3万円を補助する」というものだ。「社員の通勤ストレスを減らすための取り組み」ということだが、これは、「子どもあり共働き世帯」にも非常に有効な打ち手となる。
 「何駅以内にするか?」「家賃補助の金額をいくらにするか?」等の詳細な設計は検討を要するが、従業員の生産性を高めるという観点で一考の余地があるのではないだろうか(当然、通勤ストレスも軽減し、会社に着いた時点で疲れ切っているという現象も減るだろう)。企業にとっては、遠方から通う従業員に対する通勤手当の金額を想像してもらえれば、コスト面でも検討の余地があることがお分かりになるのではないだろうか。
 案2は、「所定労働時間の短時間化」である。時間がない「子どもあり共働き世帯」の従業員は、「短時間勤務」を選択することが多くなる。多様な働き方を認める方向であるため、一概にフルタイムを推奨しなければいけないわけではないが、経営コンサルタントとして様々な会社の給与制度の検討に携わっている身から考えると、非常に「もったいない」と感じる。「短時間勤務」を選択すると、ほぼ間違いなく基本給や賞与は、労働時間に応じて減額されてしまい、モチベーションを低下させている従業員を多く見かける。そこで、「所定労働時間そのものを短くし、フルタイムとして働きやすくする」ということにより、残業は出来ないが、フルタイムとして会社に貢献したいという社員を支援するものである。
 味の素株式会社は、2017年2月20日、「働き方改革の一環として、正社員の1日の所定労働時間を7時間にする目標を2年前倒しして2018年度に達成させることで労使が合意した」(毎日新聞)ということであるが、このような取り組みは非常に重要であると感じる。基本給の金額を変更せずに所定労働時間を短くすれば、実質賃上げの効果もあり、生産性向上を目指す取り組みとして一貫性を確保できる(生産性を向上させる代わりに時間単価を上昇させる)。
 「働き方改革」をただの残業時間削減と捉えるのではなく、生産性向上のために何ができるかの観点で、今一度再考してみてはいかがだろうか。さらに申し添えるのであれば、法律の範囲内であれば、「今は一生懸命働いて自分を磨きたい」という従業員に対しては、画一的な労働時間削減を行わず、「自由に働ける環境を工夫して用意する」ということも、まさに「働き方改革」なのではないだろうか。

図1 6歳未満の子どもを持つ夫の家事・育児関連時間(1日当たり・国際比較)

図2 各国の平均睡眠時間(2009年)

図3 通勤時間別の割合