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 子どもの頃の夢をかなえるのは、簡単ではない。小田桐昌彰さんは、その夢をかなえることのできた幸運な若者だ。1980年生まれの彼の少年時代の夢は電車の運転士だった。何か特別な出来事があったわけではない。「男の子って、大きくふたつにわかれると思うんです。ヒーローに憧れる子と、走るモノに憧れる子と。僕は後者で、電車が好きな子だったんです」
 物心ついたときには、すでに電車が大好きだった。電車の運転士になるという夢を抱き続け、池袋にある昭和鉄道高等学校に進学する。鉄道マンを養成する学科のある高校だ。
 その高校を卒業し、神奈川県東部に基盤を持つ相模鉄道に就職。20歳で運転士の見習いの登用試験を受け、約10か月の見習い期間を経て、晴れて運転士となる。以来13年、相鉄線の運転士として活躍してきた。
「理想と現実は違って、仕事は大変だけど、笑顔で手を振る子どもたちの仕草を見ていると、一瞬で昔の記憶とか幸せな気持ちとかがあふれてくるんです」
それは、切り替えが重要な職業だった
 子どもはいつもなにかに憧れ、夢を抱く。その憧れや夢が、大人になる原動力だ。けれど多くの子どもは現実の壁に突き当り、夢をかなえることなく大人になる。考えてみればその方が幸せかもしれない。なぜならかなわぬ夢は、いつまでも夢のままでありつづけるから。人は夢を生きられない。人が生きるのは、あくまでも現実の世界の中だ。小田桐さんにとって現実の運転士は、乗客の安全のために四六時中神経を張りつめていなければならない、過酷な作業だった。
「それだけに、オンとオフの切り替えがとても重要な職業なんです。オンのときに集中を保つためにも、オフのときはできるかぎりリラックスして体を休めるようにしています。よく眠るのももちろん大切だけど、切り替えられない部分もあるんですよね」
 緊張を強いられる仕事のオフタイムに100%自分を解放するために、彼が見つけたもうひとつの顔。それは気象予報士としての顔だ。
 実を言えば、このもうひとつの顔も彼の少年時代の興味に関係がある。雲が生まれる瞬間を、初めて見たのは中学生のときだった。
「母親の趣味が山登りで、よく一緒に登ってたんです。そのうち一人でも登るようになって、どこの山だったかもう忘れてしまいましたけど、ある山に登ったとき、ほんの目と鼻の先で、雲が出来ていく瞬間を見たんです。何もないところに、いきなり白い雲がばーっと。気象学的に説明すれば、温かい空気の塊は軽いので上昇するんですけど、上昇すると周りの気圧が低いので、空気の塊は膨張します。膨張によって熱エネルギーが奪われ、気温が下がり、水蒸気が水になって雲が形成されるということなんですが・・・。そういう理屈は分からなかったけれど、その不思議さを目の当たりにして、天気というか気象に興味を持ったんです」

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 その興味は、鉄道への興味とはまた別にずっと持ち続けていた。ただ、体系的な気象の勉強をする機会に巡り合ったのは、大人になってからだった。
「運転士になるための勉強が忙しくてそっちにはずっと手が回らないままだったんです。それが、ようやく念願の運転士になって、自分の仕事というか生活が少し落ち着いた頃に、会社で配られた通信教育のメニューに気象予報士があって、それでふと、子どもの頃の興味を思い出しました」
 最初は通信教育で気象予報士の勉強を始めた。気象予報士の試験は年に2回ある。5回連続で受けて、5回落ちた。難しい試験だとは聞いていたけれど、想像以上だった。
「僕の場合通信教育だけでは、何回受けても受からないだろうと思いました。その時期は仕事の方でも職級を上げるための試験が重なっていて、自由時間がほとんどなかったということもあって、気象予報士の勉強に集中できなかった。それで、仕事の方の試験が一段落したところで、思い切って気象予報士になるための学校に通うことにしたんです。もちろん仕事の休みの時に。1年ぐらい必死に勉強して、それから3回試験を受けて、ようやく3回目に受かって気象予報士になれたというわけです」
 気象予報士はあくまでも趣味だけれど、仕事の面でもかなり役立っていると小田桐さんは言う。
「電車の運行は、気象条件と深く関わっている部分がありますからね。特に昨今のように、ゲリラ豪雨とか竜巻とか、今まではあまり経験したことのないような現象が、発生しやすくなっていますから。朝、天気図を見て、『今日はちょっと注意した方がいいかな』とか心構えができるので、精神的にもとても役立ってます。ただ、職場ではテレビの天気予報が外れても、なぜか僕のところに文句が来るようになったんです。僕が予報を出しているわけじゃないのに(笑)。天気予報の間違いは予報士の責任だって。まあ、文句は冗談だと思いますが、それをきっかけに気象の話ができたりして、それはそれで悪いことじゃないですけど」
 最近は休日を利用して、様々なイベントにボランティアとして参加している。取材した日は、東京郊外のある街で開かれた、母親と子ども向けの気象教室でお天気お兄さんとして活躍していた。女性気象予報士の会サニーエンジェルスが行っている「さいえんすママカフェ」のイベントの手伝いだ。
「そういうイベントに参加することで普段は接点のない、いろんな人と出会うようになり、その出会いのひとつひとつが勉強になってます。そのお返しと言ったらなんですが、僕も気象予報士としての知識を生かして、気象の楽しさ、怖さや防災についての知識を広めていきたいと思っているんです」
 近々気象予報士の劇団で、雪の結晶の研究で有名な中谷宇吉郎を主人公にした舞台にも出演する予定で、現在はボイストレーニングに励んでいる。夢をかなえて運転士になった小田桐さんは、そこで止まらずにもうひとつの夢をかなえた。
 そして相模鉄道の運転士として、それからボランティアの気象予報士として社会と二重に関わっている、そういう夢の実現の仕方もある。

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