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●この記事は『chacun(シャカン)』(2014年2月刊)初出からの再録です。
●現在の「御社弊社」の活躍ぶりは、You Tube公開中の「御社弊社 おーわんグランプリ」でご覧いただけます!
 コンビ名は『御社弊社』。サラリーマンなら、それだけで吹き出してしまうだろう。名刺を交換しながら、ペコペコと頭を下げ合っている2人の典型的な日本のサラリーマンの姿が目に浮かぶ。僕が芸能プロダクションのスカウトマンなら、そのコンビ名を見ただけで、彼らと連絡を取ってるんだけどなあと思う。なにしろ彼らは現役のサラリーマンコンビなのだ。本物のサラリーマンの悲哀と喜びを上手に笑いにしたら、大ヒットを飛ばせるかもしれない。なぜならそれこそが今の日本のお笑いに欠けているものだから……。
などと、いろんなことを考えながらKDDI本社ビルのある飯田橋に向かった。彼ら、つまり中島敏紀さんと平岡直樹さんはKDDIの現役社員なのだ。
"漫才のできる会社員" は、そうはいないでしょ
「僕は学生時代からお笑いをやりたいという気持ちがずっとあって、M-1グランプリに出場したんです。プロじゃなきゃ出られないと思っていたんですけど、調べたら『2000円と勇気があれば誰でも参加できる』って書いてあった。参加費用が2000円だったんですね。それで、あ、オレ勇気もあるぞって(笑)。コンビ名は『アイツ磐梯山』。僕が福島出身なもので……。ええ、その時の相方は、平岡ではありませんでした。ほとんど準備もしてなくて一回戦敗退。これはネタ自体をしっかり作り込まなきゃいけないと思いまして、平岡に声をかけたんです。平岡なら企画が上手だから、積み重ねるような笑いが作れるだろうと思って」
中島さんはコンシューマ販売促進部に所属し、宣伝部とともにコマーシャル制作やauの総合カタログ制作などに関わっている。話はさすがに立て板に水、さらさらと流れる水のごとくに流暢だ。ただ、話にちょっととぼけた風合いがある。天然かどうかは定かではないが、漫才ならいわゆるボケの役割だろう。相方の平岡さんは、企画が上手というくらいで、話し方は理路整然としていて、冷静沈着な参謀タイプ。漫才なら突っ込みの役所だ。
「そうですね、中島がクラスの人気者なら、僕はどちらかというと文化祭の人気者という感じだったんです。自称ですけど(笑)。表に出て喋るのも好きなんですが、裏方というか、全体を構成するのも好きなんです。それで廊下だったか、エレベーターだったかで中島とすれ違いざまに、『ネタ書いてよ』と頼まれて、『ああ、いいよ』って感じで引き受けて。一次予選の2か月くらい前だったかな。それが『御社弊社』のそもそものスタートです」 ちなみに、彼らが出場したM-1グランプリとは、2001年から2010年まで10年間、師走に放送されていた漫才の大会番組。優勝賞金は1000万円、若手芸人の登竜門として毎年大きな話題になっていた。彼らがチャレンジした2009年大会は一次予選に約4600人が参加した。彼らのようなアマチュアもいるけれど、やはりその多くがプロだ。彼らにとっては一次予選を勝ち抜くのも至難の業なのだけれど、その年彼らは、一次予選を見事勝ち抜いてしまった。
「二次予選はもうぜんぜん雰囲気が違いました。僕らと同じ控え室に、オリエンタルラジオとか村上ショージとか本物の芸能人がたくさんいるわけですよ。我々の出番の前が、平成ノブシコブシだったかな。まだ売れる前で、これが今だから言える話ですがダダ滑りで(笑)。持ち時間の3分過ぎるとネタが終わってなくても舞台のライトをパッと消されてしまうんだけど、彼らはまさにそれをやられたんです。僕らはちゃんと時間内に終わったし、会場もウケてたんで『イケたな』って思ってたんだけど、3回戦には僕らではなくノブシコブシが行ってました(笑)」
中島さんは笑いながらそう話すけれど、二足の草鞋のいいところは、それでもへこたれる必要がまったくないというところ。本業のKDDI社員としての仕事をしっかりやっていれば、ある意味いつまでも夢を追い続けられる。

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「今はM-1が無くなったので、キングオブコントに出場してます。漫才ではなくて、コントの王者を決める大会です。これが、思ったより難しいんですよ。コントですから。真っ暗なところからいきなりシーンが始まって、2分間の持ち時間で笑いも伝えてとなると、なかなかお客さんを笑わせるのは難しい。今年は一回戦で敗退でした。あ、これはきちんと書いておいていただきたいんですが、練習はいつも会社の仕事をきっちり終えた後のプライベートな時間にやってます。もちろんかかる費用は全部自腹ですし、ウチの会社は副業禁止なんで、どこからも出演料はいただいてません(笑)」
もし万が一、キングオブコントの決勝戦に残ってテレビに出演して、芸能事務所からスカウトされたら、会社を辞めますかと聞いたら、二人ともきっぱりと首を横に振った。
「それは、100%ありません。やっぱり家族がありますし。それに最近は会社にも僕らの存在が認められて、コンビとしていろいろ便利屋みたいなことをさせてもらってるんです。会社の催し物の前説を依頼されたり、広報的な仕事をさせていただいたり。プロの芸人になるより、そっちの方が僕らのやりたいことなんです。芸人さんはたくさんいるけれど、漫才のできる会社員はそんなにたくさんはいませんからね。漫才だのコントだのをやってる社員がいる会社なんて、面白そうじゃないですか。社員が面白ければ、KDDIもやっぱり面白いじゃんと、思ってもらえるのが嬉しいし、それが僕らの役割だと思ってるんです」
この取材をしたのは去年の暮れだったのだけれど、その後、中島さんの栃木支店への転勤が決まった。東京と栃木に別れてしまったけれど、活動は続けていくという。
「稽古はスカイプでもできますから」
中島さんはそう言って笑う。KDDIの社員がスカイプで稽古してキングオブコントのチャンピオンを目指す。いい話だなあと思う。どこかのテレビ局が、ドキュメンタリー番組か何かで彼らを追いかけないかな?

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