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●この記事は『chacun(シャカン)』(2013年5月刊)からの再録です。
 岡本歌織さんは装丁家。わかりやすく言えば本のデザイナー、表紙から裏表紙まで、一冊の本のなにもかもをデザインするのが彼女の仕事だ。
 それが小説であれ、ノンフィクションであれ、実用書であれ、本というものは、装丁家によってデザインされるまでは、この世に存在しない。それは昔なら万年筆とか鉛筆とか、今ではパソコンのワープロソフトで書かれた、文字の集まりでしかない。素っ裸の人間みたいなものだ。その裸の人間に服を着せるのが、言うなれば岡本さんの役割なわけなのだが、もちろんただ着せればいいわけではない。
「 自分ではデザイン的にうまくすべての必要な要素がおさまって、格好いい本ができたと思っても、売れるかどうかはまた別なわけです。すごく素敵な本が売れなかったり、その反対に、なんでこんな本がっていうのがベストセラーになったり。難しいですよね」
 背が高くて痩せている。顔立ちも美しい。けれど、話してすぐに「モデルのような」という、彼女のごとき外見的特徴を備えた女性に対する決まり文句が、なんだか不似合いなことに気づく。おそらく話し方のせいだ。話し下手ではない。かと言って、流暢というのとはすこし違う。
「 月に 10 冊も作っていると、どうしても自分の型のようなものができてしまうので、なるべく前のものとは違うことをやるように心がけてます」
 装丁家としてのキャリアはまだ4年だけれど、毎月平均して10 冊の本の装丁をしている。今までに少なくとも400冊以上の本を、世に送り出してきたことになる。代表作は何かと聞いたら、恥ずかしそうに首を横に振った。
「 いやいや、そんな大それたものはないです。そんな自信は……」
 そのちょっと自信のなさ気な、とつとつとした話し方が、岡本さんの独特の雰囲気を醸し出している。対照的に彼女が装丁した本の多くは、元気が良くて、かなり斬新で、とても売れそうな顔をしているのだけれど。ベストセラー作品も少なくない。
「 やっぱり、本が売れなきゃいけないわけですから。『もっとこうした方が売れるんじゃない』とか、注文はよくつきます。出版社の編集者さんや、営業の人の意見の方が大きかったりすることもあります。もちろん、すべてを自分の思ったようにできるわけではありません。思い通りにいかないこともたくさんあるんですけど、 本が好きなので、本に関わる仕事ができるというだけで、すごく幸せなんです」
 そういう彼女には、もうひとつの顔がある。それは──。

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大学院(感性工学専攻)を卒業後、広告会社を経て、装丁家。月に2回の落語塾生は7 年目。いまだに高座は苦手(なのに、この表情……!)
“苦手” にはまって、こわいもの知らず
 落語家だ。
「 こっちはね、装丁の仕事よりもキャリアが長いんですよ。ええ、もう 7年になりますか。落語は好きで、寄席にはよく行ってたんです。一人で(笑)」
 落語の話になると、口調が微妙に変わった。とつとつとした話し方が、まるで噺家のようだ。いや、まるで、ではなくて、彼女は歴とした噺家なのだった。芸名は、鴨家歌たね。
「 高座の落語家さん格好いいなぁ、自分もあんなふうに喋れるようになりたいなぁという漠然とした気持ちで、ネットで探してみたら、板橋区にあったんですよ、落語の塾が。それでほんとに軽い気持ちで通い始めたのがきっかけです」
 今では落語会に呼ばれたり、老人ホームに慰問に出かけたり。人前で演じる機会も増えた。毎月のように、どこかで高座に上がっている。けれど、人前で喋るのだけは苦手だと言う。
「 もう7年もやってるのに、毎回後悔してます。どうして出るなんて言ってしまったんだろうって。私は家で一人で落語の稽古をしているのがいちばん好きなんです。落語を憶えるのが楽しくて落語を習っているんであって、誰かの前で喋るなんて考えたこともありませんでした。あがり症だし、ものすごく緊張するんですよ。人前で喋るのはほんとに苦手なんです」
 苦手かもしれないけれど、でも、少しは好きなのではなかろうか。ほんとうに嫌いだったら、絶対にやっていないと思うのだが。
「 うーん、どうなんですかね。少しは好きなんでしょうか? そうかもしれない。少しはね……。いや……」
 岡本さんは、自分の気持ちを探るように、うつむいて考え込んだ。それから、顔をほころばせた。
「 いや、そうですね。やっぱり、本当は、すごく好きかもしれない」
 自分のもうひとつの顔は、苦手なものの中から探した方がいいのかもしれない。自分のよく知っている自分とは、違う自分に会えるから。苦手と言いながら、高座に上がった鴨家歌たねさんの生き生きとした顔を見ながらそう思った。その顔は、彼女の装丁した本にどこかよく似ていた。
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扇子と手ぬぐい。このたった2つの小物だけで、人間の使うありとあらゆる道具を表現する。これもまた落語を演じる醍醐味です、と岡本さんは語る。

文・石川拓治
(いしかわ・たくじ)
ノンフィクションライター。1961 年茨城県水戸市生まれ。主な著書に『奇跡のリンゴ』『37 日間漂流船長』(ともに幻冬舎文庫)、『三ツ星レストランの作り方』(小学館)などがある。

撮影・吉永考宏

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